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引退ブログ#4 抜井理沙(89代470リーダー)


京都大学体育会ヨット部第89代470リーダーを務めました、抜井理紗です。

引退ブログが好きで過去の先輩方のものはすべて読んできたのですが、いざ自分が書く立場になると文章がまとまらず、気づけば年の瀬が近くなってしまいました。ごめんなさい。かなり長編ですので、時間と心に余裕がある方のみお付き合いいただければと思います。


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京大ヨット部で過ごした日々は、一言では形容し難いです。あっという間だったようにも、果てしなく長かったようにも思えます。初めて470に乗ったのはまるで昨日のことのようですが、その日から引退までにはそれはもう色々なことがありました。たくさんの人に出会い、日々を重ね、楽しいことも嬉しいことも、悔しいことも苦しいことも、数え切れないほど経験しました。間違いなく、人生で最も濃い4年間でした。自分の中で整理をつける意味も込めて、この4年間を振り返ってみたいと思います。


入部してまず驚いたのは、部員の熱量の高さでした。先輩方の強い向上心とヨットへの愛は、小学生の頃からヨットを続け、良くも悪くもヨットのある生活に慣れていた私にとって、非常に新鮮で眩しいものでした。そしていつの間にか私自身も、その熱に巻き込まれるようにヨットにのめり込んでいきました。練習終わりにLINEグループで長文の振り返りを共有し、上手くいった動画を宝物のように何度も見返し、退屈な授業中は引退ブログを読み漁っては勝手に感傷に浸っていました。とにかく早く上手くなりたいと、馬鹿みたいにそればかり考えていたこの時期、実際自分がぐんぐん成長している実感もあって、ヨットがただ純粋に楽しくて仕方ありませんでした。1回生夏の蒲郡遠征は、4年間で最も思い出深い期間と言っても過言ではありません。ヨット漬けの毎日は驚くほど充実していて、生活を共にする中で先輩のことも大好きになりました。当時は想像もしていませんでしたが、この遠征から乗り始めた4799には、結局引退まで乗り続けることになります。初インカレだった蒲郡インカレも印象深いです。大学生活をヨットに捧げてきた者たちが集結し張りつめたハーバーの空気。他の大会と比べ物にならないレース中の緊張感。チームの代表として戦う責任。そんな中でこそより感じる、支えてくれるチームのメンバーの心強さ。前を走れたときの喜び。それまで個人競技としてヨットに乗ってきた私にとっては、すべてが新鮮で、刺激的でした。熱くなれる理由が確かにそこにはありました。この舞台で前を走りたい、チームとしてもっと高みに行きたいという思いが強く芽生えるとともに、それが夢物語でなく実現できるという手応えも確かに得たインカレだったように思います。


2回生は全日本470初日2位フィニッシュという鮮烈な幕開けを飾りました。"弐"と書かれたビブスをもらい、インタビューを受け、後々までいじられることになるこのレースは、自分の走りが全国で通用するという自信を得られた、私にとって大事な、忘れられないレースです。しかし調子に乗っていられたのもここまでで、春合宿からレースシーズンはなかなか上手くいきませんでした。特に個人戦予選で負けたときは死ぬほど悔しくて、自分の未熟さが情けなかったです。後々この悔しさは原動力になりましたが、当時はかなり引きずりました。七大戦からは奈良さんと再びペアを組み、琵琶湖インカレに向けて"再現性"をテーマに練習を重ねました。このインカレで京大は、総合3位という快挙を達成します。総合3位が確定した瞬間の興奮は忘れられません。本当に嬉しかったし、レースメンバーの一員として貢献できたことが誇らしかったです。部旗を掲げてハーバーバックするとき、見慣れたはずの琵琶湖の景色がキラキラして見えたのをやけに強く覚えています。


琵琶湖インカレで忘れられない思い出がもう一つ。最終日の着艇後、和希さんからかけてもらった「抜井ちゃんのおかげや、ありがとう」という言葉です。まわりからどう見えていたかわかりませんが、このレガッタの自艇のレース展開はかなり苦しいものでした。毎回1上が悪くて、必死に追い上げてギリギリ耐える、その繰り返し。最終レースに至っては流し込みで10艇ぐらい抜いたのですが、それがなければ京大の総合3位はありませんでした。もちろん総合3位という結果はチーム全員の健闘によって得られたもので、そこに優劣はありません。それでも私はレースメンバーに選ばれた者として、470チームの1番艇として、直接的にチームの結果を左右する立場にいる責任を強く感じていましたし、毎レース命を削るような思いで、目の前の1艇を抜くことに全力を懸けていました。チームとして結果が出ている嬉しさ、そこに自分が貢献できているという喜びを感じつつも、毎レースフィニッシュするまでの苦しさは並大抵のものではありませんでした。そうやって苦しみながら戦い抜いた4日間を、和希さんの言葉で初めて認めてもらえた気がしました。あのときは本当にありがとうございました。以降も、私はほっといても前走るやろみたいな期待が辛くなったとき、このときの言葉や大山さんの引退ブログを思い出しては心の支えにしていました。ちなみに大山さんの引退ブログは全員読むべきです。


3回生は少々高カロリーなのでフルセイル送りにし、4回生に入ります。代交代式の日、艇庫いっぱいの部員を見回して、この人数を4回生たった5人で率いていかなければならないという事実に軽く絶望したのが記憶に新しいです。88年続いてきた京大ヨット部を壊さずに次世代に繋げられればそれでいいと本気で思いましたし、そんな次元のことしか考えられないことにやるせなさが募りました。入部したての頃から密かに抱いていたインカレ総合優勝という野望は掲げることすらできず、89代の目標に定めたインカレ総合3位も、多くの部員にはどこか夢物語のように映っている印象を受けました。470リーダーとしての心残りはいくつかありますが、いちばんは多分、インカレ総合3位は必ず達成できると、全員に心から信じさせることができなかったことです。なかなかネガティブな話になってしまいましたが、そんなふうにスタートした4回生は、忙しなく過ごしている間に一瞬にして過ぎていきました。日々練習すること、レースに出ること、遠征に行くこと。それまで当たり前に享受していたものが多くの人の働きによって支えられていたことを痛感する日々でした。470リーダーの仕事の定義が曖昧になり、部活をまわすための雑務に追われ、リーダーとして470チームの課題やメンバーと向き合う時間を十分にとれていなかったのかなと、今振り返れば思います。


なんだか反省ばかりになってしまいましたね。ただ実際の自分の感覚としては、忙しくはあるもののとても楽しく充実した1年でした。春合宿からペアを組み続けた金子は、私が育てるまでもなく勝手に名クルーへの道を駆け上がっていき、一緒にいい景色をたくさん見ることができました。特に雄吾さんコーチングでの吸収は目覚ましく、これ以降インカレに至るまで、金子と470に乗るのは4年間でいちばんくらい楽しかったです。また印象に残っているのは個人戦予選です。相変わらずこの大会とは相性が悪く、予選は通過できなかったのですが、予選後オープンチャットで送った文章に驚くほどリアクションがあって、本当にたくさんの方が応援してくれているんだと実感できた貴重な機会でした。最後の江ノ島インカレも、1選手としてはすごく楽しかったです。ハイライトはやはり最終レースのトップフィニッシュ。1上の、艇団の上でリフトを受けたときの景色は忘れられません。あのリフトはヨットの神様と、1回生から乗り続けた4799からのプレゼントだったのだと思います。本当に幸せな引退レースでした。実はインカレ前から、引退の瞬間自分が泣くかどうか楽しみにしていたのですが、想定外に清々しい引退レースすぎて涙が溢れる余地もありませんでした。着艇後は過去一たくさんの人に囲まれて労ってもらい、最後の最後にようやくみんなの期待を超えられた気がして本当に嬉しかったです。


そんなインカレですが、チームの成績としては「470級11位・スナイプ級5位・総合8位」と、目標には届きませんでした。引退してから何度も、470リーダーとして、4回生として、自分にもっとできることがあったんじゃないかと自問自答しました。一歩引いた目線からヨット部を眺めることで見えてきた面もあり、心残りや反省点に思い至るたび、チーム成績に対する自分の責任や応援に応えられなかった申し訳なさを強く感じます。一方で、結果という目に見える形では何も残せなかったけれど、同期5人で1年間走り抜け、次の代へバトンを渡せた、そのことに対する達成感が存在するのも確かです。そしてそれは、私たちについてきてくれた後輩や、活動を見守りフォローしてくださった監督・コーチの方々をはじめ、応援してくださったDBYC会員の皆さま、保護者の皆さま、スポンサー様の支えがあったからこそ得られたものです。この1年間チームを運営する中で何度も、京大ヨット部が本当に多くの方々に愛され、支えられているということを実感しました。改めて、お世話になった皆さまに深く感謝申し上げます。そして何より、一緒に壁を乗り越えてきた89代のみんな、本当にお疲れさま。ありがとう。


こうして振り返ってみると、私の4年間は人一倍密度の濃いものだったんだなと思います。インカレという素晴らしい舞台で1回生から4回生まで常に1番艇として戦い続けられたことは、紛れもなく私だけの特別な経験であり、4年間にわたってインカレを目指す過程をチームメイトと共有できたことも含め、本当に恵まれていたなと感じます。


『総合優勝との点差511点。

いつかこの差をひっくり返せるように、もっと速くなって、チームとしてもっと強くなって、またこの舞台に帰ってきたいと思います。』


1回生のインカレ後、興奮冷めやらぬ内に書き記した言葉を果たすことは結局叶いませんでした。そこに悔しさがないと言えば嘘になります。ただ、京大ヨット部で4年間走り抜けてきた自分はこのときより、470セーラーとしても人としても大きく成長したと胸を張って言えます。京大ヨット部で出会った仲間、過ごしてきた時間、すべてが私にとってかけがけのない財産です。


改めて、4年間ありがとうございました。



京都大学体育会ヨット部第89代470リーダー

抜井理紗

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